前回の続きです…
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ラジオ番組では、ゲストとして来ていただいた副校長先生と教頭先生とのトークの中で、今後の教育に対して共感する部分がたくさんあり、自分がかつて教師だったことも話題にしました。当然、向こうもそれをよく知っていて、一緒に、夢というか「学校でやりたいことが叶えたいよね~」みたいな話で盛り上がり、とても楽しい時間になりました。
放送終了後、番組を聴いていたラジオ局のオーナー企業のある方から、「あんたは先生の方が似合ってると思うし、きっと学校でも必要とされるはず。もし(もう一度)先生をやりたいんなら、学校につないであげるよ・・・」と声をかけていただき、二つ返事で「お願いします!」と。
運よく、中高一貫で特別進学クラスをつくるタイミングだったらしく、主要5教科の先生の一部を新規に募集する話があり、その一人として採用していただくことができました。2006年4月、46歳にして教壇再デビュー。21年目の教師生活が始まりました。
理科・数学科の授業を担当しながら、初年度、高校進路指導部の所属から始まり、クラス担任、学年主任、中学校教務部長と毎年新しい仕事をさせていただき、「やっぱり、教師っていいなぁ~」としみじみ感じる毎日が、とても充実していました。
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そんな頃、オープンスクールで、こんなことがありました。
午前中のプログラムが終わり、参加者をカフェテリアに案内している時、案内係の先生から声がかかりました。「先生の前任校の教え子さんが、娘さんと一緒に来られています。旧姓Tさんといって、ぜひ先生とお話しがしたいと・・・」
名字を聞いて、何人かの卒業生の顔を思い浮かべつつ、会いに行きました。
「おぉ~、懐かしい。いいお母さんになってるやん!」
高校教師になって2年目、最初に担任として所属した学年団で、2・3年の二年間、私が担任した彼女が、かわいい娘さんを連れて目の前に立っていました。娘さんの志望校の一つとして本校が候補に挙がっているらしく、学校案内パンフレットに私の写真が載っているのを見つけ、直接、いろいろな話を聞けると思ってやってきたとのことでした。
いやぁ〜、嬉しいですね。こうやって、かつての担任を頼って来てくれるなんて教師冥利に尽きます。25年以上も前に卒業させたことになる彼女ですが、会えばすぐさま高校時代にタイムスリップ。「あ~だった、こ~だった・・・」と2人が話すのを横にいた娘さんが笑顔で眺めつつ、「それでどうしたの?」って目を輝かせて話に加わってきます。
娘さんとは、この日が初対面。なのに、他人とは思えないこの妙な感覚はいったいどこから来るのか。
「どう先生? 自分の孫みたいやろ・・・」
そんなふうに話す彼女を見ていると、自分が担任として接してきた当時の日々が、決して間違いではなかったと確信できます。
「今も毎日言ってるん? シャキッとせ~って!」
「えぇ〜っ、よく覚えてるなぁ・・・」
当時はロングスカートが流行っている、ヤンキー姐ちゃん全盛期。私は、元気のいい彼女たちに、毎日、振り回されてばかりいました。
「いい先生やったと思ってるで・・・」
「だから、娘もお願いしようって。そう思ったねん!」
まだ大学を卒業して間もない、教師としての経験もほとんどない私が、彼女たちにどんなことを教えられたのか。その答えを、いきなりこんな形で見せてくれるなんて、嬉しくて涙が出ました。
「久しぶりに会っても感じるもん。やっぱ先生は教師が天職やな。よ~く似合ってるわ!」
一時期、学校とは全く別の世界に身を置いた私ですが、教壇に戻って4年目。改めて教師の世界、教育の現場に魅力と生き甲斐を感じた瞬間でした。
そして翌日の朝、彼女からこんなメールが届きました。
『おはようございます! 昨日はお会いできて、本当に良かったです。学校の事について知ることができました。ありがとうございました。正直娘も迷っていますが、先生の話を聞いて気持ちにゆとりが持てたように思います。先生とのお話は、娘にとって希望の光になりました。諦めかけていた私学への進学が、自分の頑張りしだいで実現できるのだとわかったみたいです。ねぇ・・・まさかですよね。まさか親子でお世話になるなんて、まして、学校も違うのにね。いや~、ホンマに私の担任が先生で良かったです。安居先生、ばんざ~い(^_^)v』
ちょうど、昨日のことをブログに書いたばかりだった私は、その連絡も添えて、すぐ彼女に返信をしました。
『昨日はご苦労さまでした。ほんと、まさかの再会っていうか、ビックリでしたね。こちらこそお会いすることができて嬉しかったです。お嬢さん、なかなかステキじゃないですか。しっかりしているし、元気がよくて、かわいいし! ぜひ本校に来てほしいです。』
そしたら夜になって、彼女からまたメールが届きました。
『先生、ブログ見ましたよ!! 娘が 「会話までバッチシやわ~」ってニコニコして読んでいました。メッチャ久しぶりに会ったのに、先生はあの当時と何も変わっていなくて、出会った瞬間に「3年C組」に戻りました。個別相談の時に、先生が笑顔で娘を見ているのが、すごく印象的でした。「シャキッとせ~よ!」も忘れられません。私も娘にいつも言ってるしね。私だけでなく、先生が担任した生徒たちは「先生で良かった」と誰もが思っています。ず~っと教師していてくださいね! ヨボヨボになっても辞めないでください! そして、私たちみたいに「先生が担任で良かった」っていう生徒を育ててください! 先生ホンマ、教師が天職なんやから。教え子が言うてるし、間違いないからねっ。』
こんなふうに言ってくれるお母さんになってくれた、それだけで十分です。そして、こういう教え子を持てたことを誇りに思います。
その後、彼女の娘さんは滋賀学園高等学校に入学。立派な成績で卒業し、看護学校へ進学。今はステキな看護師として頑張っています。
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一生懸命やっている姿は必ず相手に響き、相手を思う気持ちは必ず相手に通じる・・・。そんなことを感じさせてくれる生徒たちこそ、「私の先生」だという思いがますます強くなり、改めて学校の存在を「生徒中心」に考えるようになりました。
時を同じくして、経営サイドからのトップダウンによる学校改革プロジェクトが始まりました。プロジェクトリーダーを任され、3年間、外部コンサルと連携しながら、より魅力的な学校づくりに知恵を絞りました。
その後、まずは入り口を固めようということで、生徒募集と広報に携わりました。2011年4月から中高の入試広報部長を務め、さまざまなチャネルを使って外部発信をしていきました。同時に、学園本部総合企画部長の立場もいただき、幅広く学校全体を考え続けました。
2013年4月、高等学校の校長に任命され、学校の舵取りが始まりました。教育改革が叫ばれ、21世紀型人材育成が急務になっている中、まずは学校を開き、地域や企業とつながることを最優先に考え、動き始めました。
2014年、中学で「Project-based English Program」(プロジェクト発信型英語プログラム)の立ち上げると同時に、日本ヒューレット・パッカード社とご縁がつながり、「企業×学校」の新しいICT教育スタイルを構築。
2015年からは中学校長を兼務することになり、中高一貫を視野に入れたPBL×ICT教育「Shiga-gakuen Future Leadership Program」を高校1年生でスタート。2016年の入学式で、「ワク熱!安居教室」と題し、マイケル・サンデル教授の「白熱教室」をモデルにした授業を自らが行い、新入生・保護者と一緒にワクワクを共有できました。
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